毎週火曜日に市民と弁護士が行っている憲法学習会「terra cafe kenpou」。
昨夜は、映画「子宮に沈める」の緒方貴臣監督のトーク「母性神話〜私たちが母子を子宮に沈めている」(ナビゲーター藤原奈津子)でした。

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・音楽をつけないのは。タイトルを最後に持ってきたのは
作り物として見えないようにしたいから。フィクション感を出したくない。本当はエンドロールさえ入れたくないほど。
音楽が大好きで、音楽の力がよく分かる。音楽の力で観ている人の感情を誘導したくないから。
音楽がないことで、車が通り過ぎる音など環境音に包まれていることが分かる。これこそこの映画に相応しい音楽と言える。
子どもが歌う「幸せなら手を叩こう」
日常に戻った時、今後、幸せなら手を叩こうが聴こえたらこの映画のシーンが思い出される。
映画の世界が身近な場面だということ。
日常に戻った時に意識に変化が現れる。
・冒頭のパンツを洗うシーン(ファーストカット)の意味は
母親のバッシングが激しく、それが制作の動機となった。
過去にも同様の事件はあったのに、この大阪の事件だけが取り立てて騒がれたのは、母親が風俗で働きホスト通いをしていたから。あまりにも母親を擁護する声がなかった。子どもが死んでしまったことは許せないことだが、分かれた父親はなぜ叩かれないのか。なぜ母親だけが叩かれるのか。子育ては母親がするのが当たり前、子どもに問題が起きれば母親の責任。そんな風潮。
男性と女性の違いを最初に意識してもらうために冒頭にあのシーンを持ってきた。そしてラストシーンに、鉤針で堕胎するシーンを持ってきた。子宮の機能。
・子どもの泣き声、特にお姉ちゃんの方の泣き声「パパが良い」
セリフも動きもそのまま演じてもらう。ただ、今回は一言一句変えずにというのは無理だった。子役は撮影が母親と引き離される瞬間なので、監督と母親役の女優を敵視してグズっていた。子どもがリラックスしだしてからカメラのスイッチを入れるという状態。牛乳を倒すシーンは子どもに拒否反応が出た。子どももパニックになってフォローが必要だった。包丁のシーン、粘土を食べるシーンも抵抗が強かった。ケアは必要。
・役者やスタッフはどうやって集めるのか。
出たいという希望者はたくさんいるが、この映画に出たことによるイメージもあるので大変だった。スタッフは全員ノーギャラだった。この映画に対する思いに賛同してくれた。子役に関しては、親が脚本を読んで断る方も多かった。子役には実際の映画を観せていない。
・実際の事件の時、子ども達の父親は一体何をしていたの。社会経験がないほとんどない若い女性がいきなり夫に捨てられて社会に放り出された。夫と夫の親が実際の裁判では母親の厳罰を求めたこと。父親は何らかの連絡が取れたのではないか。
バッシングしていたのはお母さんが多い。私はきちんと子育てしてるという意識。あの人は私達とは違う世界にいる人という意識。自分はそうではないということの証明のためにバッシングしている。特別な人が起こした事件とは思って欲しくない。そのために、映画では敢えて背景は描かなかった。事件を知ってほしいのではなく考えてほしい。特別な状況ではなく隣で起こりうること。アンテナを張って気付きができるようになるのではないか。隣の部屋から泣き声が聴こえるなど。
・父親の側から映画を撮るとしたら。
父親を悪者にするようにはしない。あの事件は誰か一人が悪かったというものではない。観ている人一人ひとりにも責任があるんだよと。
・母親が名前で呼ばれていない。
名前を呼んでくれるというのは極めて重要。夫からもホストからも名前を呼ばれない。単なる社会的体裁や性の道具。そんな男に引っかからなけりゃいいと言うんじゃ、何の解決にもならない。シングルマザーにとって風俗が受け皿になっている。
風俗で働いている女性たちが昼間の仕事に戻れるよう支援するグループもある。搾取する側、される側という風俗の構造を変えようとする取り組みもある。無理やり風俗から引き離してもその後のケアがなければまた元に戻ってしまう。
周りで心配を装う人達がいて、断れなくなり、AVに出てしまう子も多い。そうやって抜けられなくなる。
・なぜ「幸せなら手を叩こう」なのか。
年齢に関わりなく誰もが知っていて、しかも幸せを象徴。
・クロミを用いたのは。
時間経過という本来の意味もあるが、観客が感情移入してしまわないようにする。泣かせない。
・弁護士や医師など一般の人達が見れない世界を見ている人たちからの評価は。
産婦人科の医師達から高い評価を
・救えるとしたら母親か子どもか。
世間的には子どもを救えとなるだろうが、母親は救わなくて良いとは言えない。
・何で行政の支援を求めなかったか。
行政の支援というのは教育の中で知っていく。また、仮に知っていたとしても貧困の只中にいると視野が狭まり目の前のことしか考えられなくなる。情報インフラからも取り残される。行政に対して怖いというイメージもある。行政に頼ること自体「母親失格」と思われるんじゃないかと。風俗で働いているということを言いにくい。世間が自己責任とならない雰囲気を作らなければならない。生活保護など悪用する人がいるから厳しくしなければという意見もあるが、悪用されてもいいじゃないか、大切なのは必要な人に支援が届くこと。
・セーフティネットで子どもは社会全体で育てるという。男が稼ぎ、女が家庭という意識を捨てないと。離婚や夫を交通事故で亡くした瞬間、妻は風俗に行かなきゃいけなくなる。カナダでは12歳までは子どもを一人にしてはならない。離婚をしてもセーフティネットで支える。日本は先進国の中で遅れている。
日本は事件が起こった時、簡単に誰かの責任にしてしまう。短い時間で報道しなければならないメディアは簡単に誰かに責任を押し付けてしまう。誰かに責任を負わせないと視聴者は不安になる。格差を解消すること、男女の固定的な役割を変えていかなきゃいけない。でも保守政治家は性差による役割の固定化に戻したがっている。虐待はなくならないだろう。でも殺してしまう前に解決できる方法があるはず。バレないように見えないようにという意識が。社会が人に寛容になることが必要。虐待をするのはこういう人だとメディアが言うことを鵜呑みにしてしまっている。受け身になってしまっている。想像力の欠如。
家庭科を男性にも教育することの重要性。家庭科を受けたかどうかで男性の意識も変わる。
残業が美学になっているおかしさ。父親が家に帰れない。
男性にとっても不幸なこと。
仕事をシェアしていくことも必要じゃないか。
・親と一緒にいる方が子どもが泣いている。
親のイライラが子どもに伝わる。
・途中のインターフォン。
児相と考えるだろうけど、誰が押したかはどうでも良い。社会との接点があったということ。
・オレオレ詐欺などで、騙される方が悪いのか。
親子の交流が希薄な中、久々にかかってきた息子からの電話になんとかしてあげたいという気持ち。今ですらリストが出回っており、その上、マイナンバー制が実施されると恐ろしい結果となる。老後が不安にならないように福祉が充実した社会になることが重要。将来に不安だから高齢者は貯蓄をし、騙し取られる。
・虐待の予防。
原因が一つでなく社会全体が変わっていかなくてはならない。当事者である母親だけが取り組むのではなく、男性やまだ結婚していない人たちなど。学生のときからの教育。身近にいる人が苦労していないか声をかける。一人ひとりが大らかな気持ちで。泣き声がすると言って通報されて、それが間違いであっても寛容に受け止めるような。