よみがえれ!有明訴訟弁護団を代表して吉野隆二郎弁護士の最高裁弁論


1 本件は、確定判決を守らない被上告人国が、確定判決の執行力を奪うために提訴した訴訟です。これまで国が確定判決を守らなかった前例はありません。本件において、国が確定判決を守らないことを、裁判所が認めていいのか、ということが正面から問われています。三権分立の制度を前提にすれば、たとえ確定判決で命じられた義務を負った相手方が国であっても、判決に従うべきことは当然のことです。国が確定判決を守らないことを裁判所が認めるのであれば、誰も裁判所など信用しなくなります。本件は、司法のあり方が問われている裁判なのです。
2 原判決は、突如、控訴審から国が主張し始めたいわゆる「漁業権消滅論」を採用して、一審判決を取り消して、本件確定判決の執行力の排除を命じました。しかし、この判断は、漁業の実態に反するだけでなく、確定判決の文理解釈にも反するものでした。確定判決は、国が開門の準備のために少なくとも3年間の期間が必要だという主張をふまえて、国に3年間の猶予期間を与えました。よって、判決が確定後も、確定判決の効力が3年以上も継続することを当然の内容としていました。原判決は、この事情をあえて無視して、3年間の猶予期間前に権利が消滅してしまうという、考えられないような論理を採用しました。そのような論理がまかり通るのであれば、国民は裁判の主文の内容すら信用できないということになります。国民の信用がなければ司法制度は成り立ちません。日弁連会長が、判決当日に会長談話を公表しました。原判決の判断に対し「司法の役割を放棄したものと言わざるを得ない」と述べているのは、司法への信頼が損なわれることへの危機感のあらわれなのです。
3 本小法廷では、上告人らの上告受理申立理由のうち「民事訴訟法114条1項に関する法令解釈の誤り」が採用されました。言うまでもないことですが、「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する」と定められています。今回、この論点が採用され、弁論が開催されることになりました。当然の結論であります。確定判決の主文は「判決確定の日から3年を経過する日までに、防災上やむを得ない場合を除き、国営諫早湾土地改良事業としての土地干拓事業において設置された、諫早湾干拓地潮受堤防の北部及び南部各排水門を開放し、以後5年間にわたって同各排水門の開放を継続せよ」という内容です。この判決主文を素直に読めば、判決確定から3年の猶予期間、さらに、その後の5年間にわたる排水門の開放の期間まで、上告人らの権利が継続することは当然に包含されていると解釈すべきです。原判決の誤りは明白であり、原判決は破棄されるべきです。
4 国は、答弁書において、「処分権主義」を根拠に、まったく別の権利関係があるかのような主張をしています。しかし、上告受理申立書で述べましたとおり、確定判決に至る審理経過において、平成15年8月31日の時点での免許期間の満了の際にも、訴えの変更手続を行うような訴訟指揮はなされませんでした。そして、国は本件訴訟で展開している論理の枢要な部分も主張していました。そのような審理経過からも、現在の国の主張は、前訴の審判対象に対する当事者の認識と乖離していることは明らかです。
また、国は、答弁書において、「漁業権消滅論」が認められない場合においても、別の請求異議事由の成立が認められるから、「本件各上告は棄却されるべきである」という趣旨の主張をしています。しかし、原審で主張したとおり、国のその他の主張は、考えられるあらゆる事情を述べたものであり、結局、いつの時点で事情が変更されたのかなど、不明確なものです。請求異議訴訟における判決は、債務名義の執行力を奪うという重要な効果を及ぼすものです。そのような不明確な主張で執行力が排除されるのであれば、司法の社会への信頼は失われることになります。
5 間接強制申立に関する本小法廷の平成27年1月22日決定において「本件各排水門の開放に関し、本件確定判決と別件仮処分決定とによって抗告人が実質的に相反する実体的な義務を負い、それぞれの義務について強制執行の申立てがされるという事態は民事訴訟の構造等から制度上あり得るとしても、そのような事態を解消し、全体的に紛争を解決するための十分な努力が期待されるところである」との付言がつけられました。本小法廷の6月26日付けの決定において、別件仮処分に基づく義務は確定判決に基づく義務となりました。しかし、この付言で述べられたように、本件を話し合いによって解決する必要性はむしろ高まっています。本件干拓農地に営農している農業者が開門を求めて提訴している現状をふまえると、一方的な内容を押しつけるような和解のやり方は適切ではありません。漁業者と農業者との間に複雑にからみ合った利害関係を粘り強く整理していくことが求められています。最高裁が、本件の判決にあたり、話し合いによる解決へ向けた適切な判断を行うことを期待します。