警固中学校では、以前、学生服の左胸に名札を縫い付ける運用がなされていましたが、2018年に保護者と教員が協議して取り外し式の名札を導入しました。

その後、新標準服導入に伴い、フラップ式名札を採用し登下校時には名札を胸ポケットに収納することでこの問題は解決したように思えました。

しかし、その後も、事あるごとに学校側は名札を外側に縫い付けさせようとします。

ここから分かるのは、油断すると元の運用に戻ろうとするという学校の体質です。その原因は、学生服や校則の変更の趣旨を教員が理解していない点にあります。

私が2019年度に学校に提出した要望書をみてみましょう。なお、この要望を受け一時的には改善したのですが、しばらくすると元に戻ります。その度に要望書を提出し改善を求めています。その繰り返しです。

1 取り外し式名札導入の経緯

貴校では、昨年度から、名札をビニールケースに入れて安全ピンで胸ポケットに付ける取り外し方式が選択できるようになりました。

2018年度のPTA理事会において、保護者から、生徒のプライバシーが侵害され、犯罪に巻き込まれる恐れがあるので名札の縫い付けを止めて欲しいとの要望が上がりました。ただ、一部の教員から反対意見が出て結論が出ませんでした。

そこで、PTAでは、法律の専門家を招き名札を縫い付けの人権上の問題を学びました。

二回目の話し合いでは、弁護士の話から学んだことや、名札縫い付けによる誘拐や性犯罪に巻き込まれたケースが保護者から紹介され、縫い付けに代わる案として、近隣の中学校を参考にビニールケースに入れて取り外しにする方式が提案されました。

その結果、取り外し式名札を選択することができるようになりました

2 人権の観点からの問題

ある行為が人権侵害にあたるかを検討する場合、以下の手順で考えます。

①  問題となっている権利は何か。

②  その人にも人権が保障されるのか。

③  その人権を行使することで他者の人権と衝突しないか。

④  その人権に対する制限が「公共の福祉」による必要最小限とのものといえるのか

ここで、名札の縫い付けを検討します。

①名札の縫い付けで個人のプライバシーが晒されるのでプライバシー権(憲法13条)の問題となります。

②「人はみな生まれながらにして自由である」とのフランス人権宣言(1789年)を持ち出すまでもなく、人権は人であるというだけで保障されるものです。中学生にももちろんプライバシー権が保障されます。

③中学生がプライバシー権を行使することで誰かの人権を侵害しているでしょうか。この点は、かなり強引ですが、名札を付けないことで授業がスムーズに進行せず他の生徒の教育を受ける権利(憲法26条1項)を侵害するとしておきます。

④名札を縫い付けにすることが「公共の福祉」による必要最小限の規制と言えるでしょうか。名札を付ける目的は、教師や他の生徒に個人を識別してもらうことで授業をスムーズに進めることにあります。この目的には一応の合理性があると言えます。次に、名札を縫い付けにしなければ、授業をスムーズに進めることができないのでしょうか。この点、学校内で個人が識別できれば足り、学校外で名札を付ける必要性はありません。名札を取り外し式にしても目的を達成することができます。それにも関わらず漫然と名札を縫い付けにすることは、生徒のプライバシー権を侵害する人権侵害となります。

3 法的観点からの問題

憲法で保障されたプライバシー権を具体化した個人情報保護法の観点から、生徒の個人情報の扱いは慎重にしなければなりません。

名札には、学校名、学年、クラス、姓が記載されています。衣服に縫い付けることでその情報を外部に晒し、その人物が「✕✕中学校☓年☓組☓☓」であることがひと目で分かることになります。名札は個人情報の最たるものであり、それを外部から見えるところに付けることで容易に個人を特定できるようになります。名札をつけたまま学校外に出ることは個人情報の流出に当たる恐れがあると言わざるを得ません。

名札を縫い付けにしていることで生徒がトラブルに巻き込まれてしまった場合、学校長が安全配慮義務違反の法的責任を問われるおそれもあります。

4 懲罰的な理由も許されない

名札を忘れてくる生徒がいるので懲罰として全員一律に縫い付けにするということは許されるでしょうか。

学校長及び教員は「教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えること」ができます(学校教育法11条)。ただし「児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮」をしなければなりません(同法施行規則26条)。

名札を縫い付けにすることは、プライバシーや個人情報の観点から問題があるのみならず、犯罪に巻き込まれ生命身体への具体的な危険を伴うものであり「教育上必要な配慮」をしていると評価することはできません。

名札を忘れていない生徒の名札も縫い付けにするという「連帯責任」の考えは、戦争犠牲者保護条約(1949年)において「集団罰」が禁止されていることから分かるように、20世紀の文明社会において否定された考えです。わが国は有限責任を前提に個人の私的活動が認められた自由主義社会です。他人の行為の責任まで連座式に負わされるのであれば、人は安心して生活を送ることはできず自由な私的活動は成り立ちません。

前近代的封建主義的な考えである「連帯責任」を教育現場に持ち込むことは生徒の心身の発達にとって有害でしかなく、懲罰的な意味においても名札を縫い付けにすることは許されません。

5 学校の対応に問題はないのか

たしかに、学生服に縫い付けてしまえば、名札を忘れてくる生徒はいなくなるでしょう。

ただ、物事の真理を考えることを旨とする教育者がそのような安易な姿勢で良いのでしょうか。

人はだれでもミスを犯します。生まれてから一度も忘れ物をしたことがないという人はいないでしょう。

ヒューマンエラーが頻発するということは、どこかにその原因があるはずです。環境や仕組み、方法、運用の改善によって、人のミスの発生率を下げる取り組みが重要です。

では、学校にはどのような方策が取れたのでしょうか。

まず、名札を忘れる根本的な原因は、名札を家に持ち帰ることにあります。名札を持ち帰るから翌日忘れてくるのです。学校外では付けることがない名札を毎日家に持ち帰る必要が本当にあるのでしょうか。

学校外で名札をすることがないのであれば、下校時に名札を置いて帰ったり、学校に予備の名札を置いておくといった運用も考えられます。

6 縫い付けを強行するのであれば

それでも、名札の縫い付けを強行するのであれば、私は保護者として、教員自らが生徒の模範となるべく、教員が生徒に要求していることを教員自身が実践することを要求します。具体的には、

・教員は勤務中だけでなく通退勤時にも衣服のよく見える位置に名札を縫い付けること。

・自動車で通勤する教員は、自動車の外側のよく見える位置に名札を貼り付けること。

このような不条理な要求をするのは私の本意ではありません。

もし、この私の要求が不条理と感じるのであれば、それはすなわち、貴校の生徒に対する処分が不条理であるということを意味します。

7 要望

以上を踏まえ、学生服の外側に名札を縫い付けにする運用の撤回を要望します。