2021年5月27日、最高裁第一小法廷(深山卓也裁判長)は、2013年12月19日に九州朝鮮高校の元在校生ら68名が、同校が就学支援金の支給対象校に指定されなかったことが違憲違法であるとして国家賠償を求めた訴訟につき、上告を棄却し、上告申立を受理しないとする決定を行った。
この裁判は、2013年2月20日に下村文部科学大臣(当時)が、九州朝鮮高校を就学支援金の支給対象校に指定しないとした処分(以下、「本件不指定処分」という。)が、「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律」(以下、「高校無償化法」という。)及び憲法14条等に反しており、元在校生らの民族教育を受ける権利を侵害し精神的苦痛を与えたことを理由とする損害賠償請求訴訟である。元在校生らは、この裁判を通じ、本件不指定処分が、日本政府が一貫して続けてきた在日朝鮮人への差別政策に連なるものであること、日本政府が一貫して在日朝鮮人の民族教育を受ける権利を侵害してきたことを訴え、裁判所がこれらの事実に正面から向き合うことを期待してきた。しかし、一審福岡地方裁判所小倉支部、二審福岡高等裁判所とも、元在校生らの思いに向き合うことなく請求を棄却し、最高裁もその判断を是認した。
裁判所が理由として挙げたのが、朝鮮総聯と朝鮮高校に密接な関連性があることである。すなわち、朝鮮総聯の影響力が朝鮮高校の教育内容にわたっていると見られること、そのため朝鮮高校が朝鮮総聯から「不当な支配」を受けているとの「合理的疑念」があり、その「合理的疑念」を払拭できない限り、高校無償化法の下位規程にいう「法令に基づく適正な学校運営」がなされているとはいえないと文部科学大臣が判断したことは、同大臣の裁量の範囲内であると判断したのである。
しかしながら、こうした裁判所の判断は、元在校生らの切実な訴えに全く応えるものではないばかりか、朝鮮高校をはじめとする朝鮮学校の生まれた歴史的経緯及び本件不指定処分に至る事実経過と、高校無償化法の立法趣旨を無視したものというほかなく、到底受け入れられるものではない。
朝鮮学校は、1945年8月15日に日本で植民地解放を迎えた在日朝鮮人が、朝鮮半島への帰国に先立ち、植民地時代に禁じられた母国語と文化を取り戻すために、日本各地に設立した国語講習所を前身とする。日本政府が朝鮮半島出身者を「当分の間外国人とみなす」とする勅令を発し、サンフランシスコ講和条約を締結したことで、朝鮮半島出身者は日本国籍を喪失した。朝鮮戦争をはじめ帰国には困難が伴い、在日朝鮮人は日本への定住の長期化を余儀なくされた。日本政府は、そのような在日朝鮮人を公的年金制度や軍人恩給等の社会保障制度から排除し、民族団体には強制解散命令を、民族学校には閉鎖を強いるなど、植民地時代と同様の同化政策、差別政策を行ってきたが、在日朝鮮人は日本の市民とともにこれらの差別と闘い、その権利を回復してきた。その中で、運動体を担ったのが朝鮮総聯であり、民族としてのアイデンティティを守り、在日朝鮮人の子どもたちが自分らしく生きていく土台を育ててきたのが、朝鮮学校である。その関係性を「不当な支配」と決めつけることこそ、民族教育への介入であり、国家による不当な支配そのものである。
他方、高校無償化法は、国連人権規約のうちA規約13条2(b)及び(c)すなわち無償教育の漸進的導入にかかる条項に拘束されないことを留保していた日本政府が、留保撤回のために制定した法律である。その立法趣旨は、すべての意志ある子どもの学びを支援することで一貫してきた。「すべての」子どもに朝鮮高校に通う子どもたちが含まれることは立法趣旨からして当然であり、高校無償化法の制定を理由に国連人権委員会に留保撤回を通告した日本政府は、これを朝鮮高校に適用すべきは当然であった。実際に、朝鮮高校に対しては審査が進み、同じ規程に則って審査を受け、支給対象校と指定されたホライゾンジャパンインターナショナルスクール及びコリア国際学園と同様、指定に伴う留意事項の検討も行われていた。しかし、審査の途中で政権交代が起こり、野党時代から朝鮮高校への無償化法適用を批判してきた下村博文は、文部科学大臣への就任直後、朝鮮高校について「拉致問題の進展がないこと、朝鮮総聯と密接な関係にあることから現時点での指定には国民の理解が得られない」、「不指定の方向で手続を進めたい」と公言し、翌年本件不指定処分が行われたものである。しかも、本件不指定処分は、申請の根拠規定(規則ハ号)の削除とともに行われ、朝鮮高校は将来的にも申請が行えなくなった。
本件不指定処分は、規程に適合しないことと根拠規定の削除の二点を理由として行われており、この二つの理由は両立し得ない。元在校生らは、理由はいずれか一つであり、その理由とは、決裁に至る文書の内容を踏まえれば規定の削除であること、削除の理由は、下村文部科学大臣の発言に表れた在日朝鮮人、朝鮮学校、朝鮮総聯への差別であることを繰り返し主張してきた。しかし、裁判所は、処分理由の矛盾を一顧だにすることなく、法律の趣旨解釈や、客観証拠の検討といった法律家として基本中の基本である判断すらおざなりにして、行政の解釈を追認する判断に終始したものである。
当弁護団は、人権を護る最後の砦といわれる裁判所が、元在校生らに対する日本政府の差別に目を向けないばかりか、元在校生らの人権を踏みにじったことについて、同じ法律家として、深く失望している。また、上告棄却・上告不受理決定を受け、日本社会にさらなる差別やヘイトスピーチが蔓延することを強く憂慮する。しかし同時に、法律家であるからこそ、裁判所の判断や国の主張が明らかな誤りであることを確信している。
裁判所の後押しによって、日本政府の朝鮮学校に対する差別政策は、高校無償化制度からの排除にとどまらず、幼保無償化から排除し、大学生に対する学生支援緊急給付金の対象外とする等、あらゆる世代に対して苛烈を極めている。元在校生らは、裁判所の姿勢や、本訴訟の提起後も補助金停止・幼保無償化からの排除といった差別政策が繰り返されることを目の当たりにし、失望しながらも、自分たちより若い世代に同じ思いをさせたくないと、裁判を闘ってきた。その姿に、日本の市民ばかりでなく、海外にも連帯の輪が広がり、日本政府や裁判所の誤った認識もまた、広く知れ渡っているところである。当弁護団は、差別を恐れず立ち上がった元在校生らにあらためて敬意を表するとともに、今後も差別のない社会の実現に向け、ともに取り組んでいく決意を確認する所存である。
以上