前略

 日々、子どもたちの健全育成のためにご尽力いただき誠にありがとうございます。

 先日、貴校教師より生徒に対し、ベストを着用する場合にはベストの左胸に名札を縫い付けにするよう口頭での指導がありました。

 名札の縫い付けについては、この間繰り返し説明しているように、2018年度に貴校PTA理事会において保護者と教師とが議論を繰り返す中で、生徒のプライバシーに配慮し、取り外し式の名札が選択できるようになりました。その上で、2019年度からの新標準服導入に際し、私も委員として参加した貴校標準服検討委員会において議論をして、生徒のプライバシーに配慮したフラップ式の名札を採用するに至ったものです。

 しかるに、2019年度に、貴校教師が生徒に対して一律に縫い付け名札に戻すとの指導を行いました。その際、私を始めとする保護者から抗議の声があがり、この抗議を受けて、貴校は、名札縫い付け指導を撤回しました(念のため、当時保護者が貴校に提出した要望書を添付します)。

 それにも関わらず、今年度、貴校において、再び、名札を縫い付けにするよう指導がなされました。

 貴校の教職員が、2年前の抗議を受けても、なお、同様の過ちを繰り返すことに保護者として失望の念を禁じえません。残念でなりません。

 私も保護者として同じ抗議を返したくはありません。

 どうぞ、もう一度、2年前に提出した要望書の内容を教職員で共有し生徒のプライバシーの権利ひいては人権について学びなおしていただきたいと思います。

 以上を踏まえて、貴校に対して以下の要望をします。

1 ベストを着用する際には、ベストに名札を縫い付けにするとの生徒に対する指導を速やかに撤回すること。

2 仮にベスト着用の場合にベストの左胸に名札を付ける必要があるのであれば、縫い付けではなく、登下校時に取り外しができるビニールケースに入れた取り外し式名札とすること。

以上

2022年(令和4年)4月15日

 

要望書

1 取り外し式名札導入の経緯

 貴校においては、昨年度の三学期から、それまで学生服に縫い付けていた名札について、ビニールケースに入れて安全ピンやクリップで胸ポケットに付ける取り外し方式が選択できるようになりました。

 この名札の取扱の変更については、2018年度(平成30年度)のPTA理事会において、保護者と貴校の職員とで何度も繰り返し議論する中で決まりました。

 具体的には、まず、保護者の側から、縫い付け式の名札では個人情報を外部に晒したまま登下校しなければならず、生徒のプライバシーが侵害される恐れがあるとともに、犯罪に巻き込まれる恐れもあることから、縫い付けを止めて欲しいとの要望が上がり、PTA理事会で議論することとなりました。

 第一回目の話し合いの際には、保護者の側から、上記懸念が報告されました。それに対して、貴校の職員からも保護者の意見に賛同する声が多く出ましたが、一部の職員から、やはり名札は縫い付けにすべきだとの意見が出されました。その理由としては、名札を付けていることで犯罪への抑止力になる(名札を付けていたら身元が分かるので万引をしない)とのことでした。そのため、この理事会では結論が出ませんでした。

 そこで、✕✕中PTAでは、法律の専門家である弁護士の✕✕氏(福岡県弁護士会所属、福岡県人権擁護委員会委員。✕✕中学校保護者)を招き、名札を縫い付けにすることが人権の観点からどのような問題があるのかを学びました。

 その上で、第二回目の話し合いの際には、保護者の側から✕✕弁護士の話から学んだことや、名札を縫い付けにしていたがために犯罪(特に誘拐や性犯罪)に巻き込まれたケース、統計が紹介され、縫い付けに代わる案として、✕✕中学校を参考に、ビニールケースに入れて取り外しにする方式が提案されました。

 この保護者の意見を受けて、貴校において検討が重ねられ、同年12月、三学期からは取り外し式名札を選択することができる旨の通知がありました

 その結果、2019年(平成31年)1月から、生徒たちは取り外し式名札を選択することができるようになりました。

2 人権の観点からの問題

 ここで、名札を縫い付けにすることが人権の観点からどのような問題があるのかもう一度復習したいと思います。

 ある行為が人権侵害にあたるか否かを検討する場合、人権の専門家である弁護士や裁判官は以下の手順が用います。

①    何の権利が問題となっているのか。それは憲法上保障された人権か。

②    その人にも人権が保障されるのか。

③    その人権を行使することで、他者の人権と衝突しないか。

④    その人権に対する制限が「公共の福祉」による必要最小限とのものといえるのか(具体的には制限の目的が正当であること、規制の目的を達成するために規制の程度がより少ない手段が存在しないこと)。

 ここで、名札を縫い付けにすることについて上記手順を使って検討いたします。

 まず、①名札を縫い付けにすることによって個人のプライバシーが外部に晒されることになるので、プライバシー権(憲法13条)の問題となります。

 次に、②プライバシー権が中学生にも保障されるのかを検討すると、「人はみな生まれながらにして自由である」とのフランス人権宣言(1789年)を持ち出すまでもなく、人権は人であるというただその一点で保障されるものです。ですから、中学生にももちろんプライバシー権が保障されています。

 では、③中学生がプライバシー権を行使することで誰かの人権を侵害しているでしょうか。この点は、かなり無理がありますが、百歩譲って、名札を付けないことで、授業や学校行事がスムーズに進行せず他の生徒の教育を受ける権利(憲法26条1項)を侵害するとしておきます(ただし、強引な考えです)。

 その上で、④名札を縫い付けにすることが「公共の福祉」による必要最小限の規制と言えるかどうかを検討します。まず、名札を付ける目的は、教師や他の生徒に個人を識別してもらうことで授業や学校行事をスムーズに進めることにあります。この目的には一応の正当性があると言えます。次に、名札を縫い付けにしなければ、授業や学校行事をスムーズに進めることができないのでしょうか。この点、その目的達成のためには、学校内で個人が識別できれば足り、学校外でも名札を付けておかなければならない必要性はありません。そして、名札を取り外し式にしても上記目的は達成することができます。つまり、名札を縫い付けにするよりも「より制限的でない他の選びうる手段」が存在します。それにも関わらず漫然と名札を縫い付けにすることは、生徒のプライバシー権(憲法13条)を侵害する人権侵害行為となります。

3 法的観点からの問題

 では、法的にはどうでしょうか。

 憲法上、人権侵害行為として違憲である疑いが濃厚であることは前記2で述べたとおりです。

 憲法で保障されたプライバシー権(憲法13条)を具体化した個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)を見てみましょう。

 学校も個人情報取扱事業者です。ですから、個人情報保護法の理念のもと、生徒に関する個人情報の扱いには慎重にならなければなりません。

 ここで個人情報とは「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」をいいます(個人情報保護法2条)。

 では、名札にはどのような情報が含まれているでしょうか。中学校名、学年、クラス、姓が記載されています。その上、その情報を本人の衣服に縫い付けることで広く外部に晒しているのですから、その名札を付けた人物が「✕✕中学校☓年☓組☓☓」であることはひと目で分かることになります。つまり、名札は個人情報の最たるものであり、それを外部から見えるところに付けることで容易に特定の個人を識別できるようになるものです。すなわち、名札をつけたまま学校外に出ることは個人情報の流出に当たる恐れがあると言わざるを得ません。

 そのうえで、もし、名札を縫い付けにしていることでその生徒が何らかのトラブルに巻き込まれてしまった場合(典型的には生徒の名前を呼ぶことで知人であることを装う誘拐・監禁など)、学校長が安全配慮義務違反を問われ、法的責任を負うこととなります。

 このように個人情報保護の観点からも名札の縫い付けは法的責任までとわれかねない重大な問題をはらんでいるといえます。

4 リスク回避できるか

 この点、名札を縫い付けにしていたことで生徒がトラブルに巻き込まれた場合、学校側はリスク管理上問題がなかったと言えるのでしょうか。

 仮に、一度も取り外し式名札を導入しておらず、一貫して縫い付け名札のままである学校であれば、「名札の危険性について気づきませんでした」「配慮が足りませんでした」との言い訳ができるかもしれません(それでも法的責任は問われるでしょう)。

 しかし、貴校においては、2018年度に、保護者を交えて縫い付け名札の危険性について学び、その上で、取り外し式名札を選択できるように決定しました。それにも関わらず、縫い付け式に戻すというのは、危険や問題点を十分に認識していながら、あえて生徒を危険にさらすことを選択したということですから「気づいていない」「配慮が足りなかった」などといった言い訳は通用しません。確信的に生徒を危険にさらしたと評価されても仕方ありません。

5 懲罰的な理由も許されない

 仮に、生徒の中で名札を忘れてくる者がいたからそれに対する懲罰として全員一律に縫い付け名札にするということは許されるのでしょうか。

 たしかに、学校長及び教員は「教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えること」ができます(学校教育法11条)。ただし「児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮」をしなければなりません(学校教育法施行規則26条)。

 この点、前記4で述べたように、名札を縫い付け式に戻すことは、プライバシーや個人情報の観点から問題があるのみならず、犯罪に巻き込まれる危険など生命身体への具体的な危険を伴うものであり、「教育上必要な配慮」をしているとは到底評価できません。

 また、学校教育法も憲法のもとに存在する以上、「公共の福祉」(他者の人権との矛盾衝突の調整)の範囲を超える人権制限は人権侵害であり許されるものではないことは、前記3で述べたとおりです。

 さらに、名札を忘れた生徒だけでなく、全生徒一律に名札を縫い付けにするという、いわゆる「連帯責任」の考えは、1949年に締結された戦争犠牲者保護条約(ジュネーブ条約)において「集団罰」が禁止されていることから分かるように、20世紀の文明社会において全否定された考えです。ましてやわが国は有限責任を前提に個人の私的活動が認められた自由主義社会です。自らの行為ではなく他人の行為の責任まで連座式に負わされるのであれば、人びとは安心して生活を送ることはできず自由な私的活動(資本主義社会)は成り立ちません。

 このような前近代的封建主義的な考えである「連帯責任」を教育現場に持ち込むことは生徒の心身の発達にとって有害でしかありません。

 したがって、懲罰的な意味合いにおいても、全生徒の名札を一律に縫い付けにするという処分は許されるものではありません。

6 学校の対応に問題はなかったのか

 ここで、名札を忘れる生徒がいた(あるいは多かった)という理由で名札を縫い付けに戻すことを考えましょう。

 たしかに、学生服に縫い付けてしまえば、名札を忘れてくる生徒はいなくなるでしょう。

 ただ、物事の真理を考えることを旨とする教育者がそのような安易な姿勢で良いのでしょうか。

 人はだれでもミスを犯します。生まれてから一度もミスをしたことがない、忘れ物をしたことがないという人はいないでしょう。

 ヒューマンエラーだからといって、人に対策を求めるのは、問題の本質的な解決には繋がりません。ヒューマンエラーが頻発するということは、どこかにその原因があるはずです。環境や仕組み、方法、運用の改善によって、人のミスの発生率を下げる取り組みが重要であり、学校以外の一般の社会ではそのような取り組みがされています。

 では、貴校にはどのような方策が取れたのでしょうか。

 まず、名札を忘れる根本的な原因は、名札を家に持ち帰ることにあります。名札を持ち帰るから翌日忘れてくるのではないでしょうか。学校外では付けることがない名札を毎日家に持ち帰る必要が本当にあるのでしょうか。

 学校外で名札をすることがないのであれば、例えば

・下校時に自分の机の中あるいは教室の名札回収ボックスに名札を入れて 帰る。

・名札を2つ用意しておいて、1つは名札を忘れたときのために学校側において保管をしておく。

 このように運用を変えることも考えられます。

 貴校においては、このような検討を十分になされた上で、名札縫い付けの決定をされたのでしょうか。

7 縫い付けを強行するのであれば

 それでも、貴校において、名札の縫い付けを強行するというのであれば、私は保護者として、教師自らが生徒の模範となるべく、貴校の全職員に対して、貴校が決定したことを教職員自ら守られることを要求します。

 具体的には、

・貴校の全職員は勤務中だけでなく通退勤時にも学校名、役職名、氏名を記載した名札を衣服のよく見える位置に縫い付けること。

・自動車で通勤する教職員においては、自動車の外側のよく見える位置に上記情報を記載した名札を貼り付けること。

 もちろん、このような不条理な要求をすることは私の本意ではありません。

 もし、貴校において、この私の要求が不条理と感じるのであれば、それはすなわち、貴校の生徒に対する処分が不条理であるということを意味します。

8 まとめ

  以上を踏まえて、貴校に対して以下の要望をします。

詰襟・セーラー服を着用する生徒の名札について全員縫い付けにするとの決定を速やかに撤回すること。

以上

2020年(令和2年)2月7日

後藤富和