安保違憲訴訟の法廷で岡村輝彦さんが力強く意見を述べました。

全文を掲載します。

1 安保法制違憲差止・国賠訴訟の控訴人として最終意見を述べます。

私は、福岡市交通局に勤務し福岡市営地下鉄の乗務員をしていました。

今年3月で定年退職となりましたが嘱託職員に採用され、現在は、乗務指導員として後任の指導に当たっています。

私が安保法制に反対するに至った経緯についてお話します。

2 私は、高校時代にオートバイの速さと音に魅了され、暴走族に入り、深夜、暴走行為を繰り返すようになりました。

今考えると、世間に迷惑をかけ、とても恥ずかしいことだと思います。

ただ、当時は、交通法規を無視して爆音で深夜の街を仲間と走るのが快感でした。

高校の修学旅行で沖縄に行きました。当時の私は、教師に隠れてタバコを吸ったりビールを飲んだりすることに興味があり、沖縄の歴史などには特に関心はありませんでした。しかし、実際に沖縄に行ってみると、米軍基地のフェンスがいたるところに貼り巡らされていることや、見学したガマの中に遺骨が残っていることに強い衝撃を受けました。

何度も警察のお世話になって、免停にもあい、家庭裁判所の審判も受けました。

裁判所で審判を受け、これまで色々な人に迷惑をかけてきたことを実感し、暴走行為を辞める決意をしました。

3 その後、公務員試験の勉強をして福岡市交通局に採用されました。

駅務員として9年間働いた後、乗務員養成研修を受けて第一種磁気誘導式電気車運転免許を取得しました。

そして、定年まで福岡市営地下鉄空港線・貝塚線の乗務員として勤務しました。

4 私は、福岡市交通局に採用された後、福岡交通労働組合に加入しました。

労働組合活動の中で、青年女性部長となり、原水禁運動などに取り組み、被爆地長崎に何度も足を運び被爆者から直接話しを聞きました。

福岡空港が米軍基地化するのを防ごうと九州各地から6000人の労働者が集まりました。私は6000人の労働者を代表してシュプレヒコールをあげました。私の叫びに6000人が続いて、平和を求める声の大きさに感動しました。

組合員として沖縄に行った時、高校の修学旅行での記憶がよみがえりました。いたるところに広大な米軍基地があってフェンスで分断されているのは不平等な条約に原因があること、その不平等な条約のせいで沖縄の人びとが苦しめられていること。そして、戦争になれば沖縄が最前線基地になるとともに敵の攻撃目標になってしまうことに気付きました。

米兵による少女暴行事件も起こり、私は、沖縄の人たちの悲痛な叫びに、居ても立ってもいられず、沖縄の日本返還記念日に行われる平和大行進の輪に加わりました。

この運動の盛り上がりの中、普天間基地移設の合意がなされ、沖縄の基地負担が少しでも軽くなるものと期待しました。

5 その後、私は労働組合の執行役員となって、福岡市との労使交渉などに時間を割かれるようになり、平和運動を後輩に引き継ぎ、私自身は沖縄や長崎に足を運ぶことも少なくなっていきました。

スマホによって、新聞やテレビのニュース以外にも沖縄や世界の人びとの声に接することができるようになりました。

すると、沖縄の状況が普天間基地移設合意の時よりも悪くなっていることが分かりました。沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落したのに、日本の警察が現場に入れないなど、あまりにも沖縄の人のことを踏みにじる米軍の態度、そして米軍に物が言えない日本政府の弱腰な姿勢に腹が立ちました。

6 そこで、私は、個人として、有給休暇を使って何度も沖縄に足を運ぶようになりました。

特に、辺野古埋立反対、高江ヘリパッド建設反対の運動に加わり、工事車両を止めようと沖縄の人たちと一緒にゲート前に座り込みました。12回になります。

座り込みをしていると、屈強な体の機動隊員が来て、座っている私達をそのまま抱えあげて排除します。

高江ヘリパット建設反対の座り込みをしている時、大阪府警から派遣された機動隊員が私を無理な姿勢のまま排除しようとして、私は指を反対側に捻じ曲げられ痛い思いをしました。

何度排除されても、私達はまたそこに座ります。

機動隊が私達を力で排除しようとしても、私達は一切暴力を使いません。

私が沖縄の人たちから学んだのは、屈強な機動隊に排除されても、笑顔で歌をうたい、カチャーシーを踊るという不屈の闘志です。

沖縄の人たちは、暴力に対して暴力で対抗するのではなく、歌や踊りで平和をアピールします。

座り込みの沖縄の人たちは、ゲート前で自分たちを排除しようとする機動隊員や警備員にも「暑いのに大変ね」とねぎらいの声をかけます。そういう時、沖縄県警の機動隊員は、オバアの顔をまともに見ることができずうつむいたり、よそを向いたりします。この機動隊員も本当はこんなことをしたくはないということが伝わってきます。

7 安倍政権が復活した時、私は、悪い予感がしました。

その予想のとおり、安倍政権は、戦争ができる準備を着々と進めていきました。

憲法9条には、戦争はしない、軍隊はもたないとあります。

しかし、安倍政権は、集団的自衛権を容認し、海外に自衛隊を派遣する道筋を作りました。そして、私達にも戦争協力を迫りました。

私は、交通労働者です。政府が要請すれば業務命令として戦争に加担させられる身分です。

第二次世界大戦のときにも交通労働者はまっさきに兵站業務に従事させられました。多くの労働者が犠牲になりました。

私は、人殺しの協力がしたくて鉄道の運転をしているわけではありません。市民の安全をすべてにおいて優先し、お客様を安全に目的地に送り届けることが私達の使命であり喜びです。

私は、私たち交通労働者が再び戦争の道具として使われることを阻止したくてこの訴訟に参加しました。

8 世の中には「心配しすぎだ」「そうは言っても戦争になるわけない」という声が多数を占めます。

しかし、私には確実に戦争の足音が聞こえています。

2013年に、麻生太郎副総理は、「ある日気づいたら、ワイマール憲法がいつの間にか変わっていて、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね。」と発言し、私は驚きました。

しかし、現実は麻生氏が思い描いたとおりに進んでいます。

先日、麻生氏は台湾で、中国のことを念頭に置いて「戦う覚悟を持つことが抑止力になる」と発言しました。台湾のために自衛隊が中国と戦争をするということを公然と煽ったのです。戦う覚悟を持てと言った麻生氏が戦場に行くことはありません。戦場に送られるのは子ども達なんです。

平和を維持するというのは、武器をたくさん準備したり、南西諸島の軍事化を進めたり、これみよがしに日米軍事演習を繰り返したり、先制攻撃をすることではありません。それでは恨みを買うだけです。

中国や北朝鮮が攻めてくると煽ることでかえって中国や北朝鮮の敵愾心を煽ってしまいます。

南西諸島の軍事化を進めるというのは沖縄の人たちに再び捨て石になれと言っているようなものです。

福岡市では、北朝鮮のミサイル攻撃に対する訓練として、Jアラートを鳴らして地下鉄を止めました。これこそ、市民に不安と中国や北朝鮮に対する脅威を植え付けるだけです。

暴力を否定し、歌や踊りで武力と闘う沖縄の人びとに私達は学ぶべきです。

今、確実に戦争が近づいています。

その戦争の足音に裁判官も耳をすませてください。

多くの憲法学者が憲法違反と言っています。素人である私が見ても明らかに憲法違反の法律なのに、なぜ止めてくれないのですか。

どうか、戦争を止めてください。

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