報告書

弁護士 後藤富和

1 PTA会長として学校を見て驚いたこと

 当職は、2017年度(平成29年度)から2018年度(平成30年度)にかけて福岡市立警固中学校父母教師会(PTA)会長を務めていました(2017年度は福岡市PTA協議会の理事を兼任していました)。

 PTA会長として、中学校に足を運ぶようになって驚いたのは、生徒だけでなく保護者や教師にも「人権」が正確には理解されていないということです。

 フランス人権宣言に遡るまでもなく「人権」の基本は、「自由」であることにあります。日本国憲法においても、13条において「すべて国民は、個人として尊重される」ことが確認され、「思想良心の自由」「信教の自由」「表現の自由」「居住移転の自由」「職業選択の自由」「学問の自由」というように私たち一人ひとりの自由が保障されることが確認されています。

 そして、人権は年齢や職業などに関係なく平等に保障され(憲法14条)、たとえ未成年や学生であっても等しく自由が保障されることが確認されています。

 この国民の人権(自由)を侵害するのは、警察官や教員を含む公務員であるとされ、憲法は、権力者(現代社会では公務員)の横暴から国民の自由を保障し個人の尊厳を確保するために、権力者(公務員)の手足を縛るための命令だとされています(立憲主義)。そのため、憲法は99条において公務員に対して憲法尊重擁護義務を課しているのです。

 しかし、学校現場に入ってみると、そこで語られる「人権」は、いじめの問題や障害者福祉の問題に矮小化され、生徒一人ひとりが人権を享有し自由であるといった人権の根本が語られることはありませんでした。どちらかというと、決まりを守ることや我慢をすること、全体のために個人が犠牲になることが美徳とされ、障害があるのに頑張ったといったいわゆる「感動ポルノ」が人権教育として語られている現実に愕然としました。  

 そこで、学校現場でなぜこのような誤解が蔓延しているのか疑問に思い、中学校の授業で使われている公民の教科書を確認しました。すると公民の教科書では、人権の根本が自由であること、子どもにも人権が保障されること、人権を侵害するのは国(公務員)であることなど、人権の本質がきちんと記載された上、人権侵害について考える例として「校則」が掲げられていました。

 教科書ではきちんと人権について記載がされているのに、学校現場では、弁護士の目から見ると明らかな人権侵害行為や、学校以外の場所で同じことをしたら犯罪として立件されかねないような行動が教師によってなされていました。

 そこで、私は、弁護士資格をもったPTA会長として、人権の視点で子どもを取り巻く環境、特に学校を見てみることにしました。

 それと同時に、LGBT当事者やアライ(支援者)、保護者、弁護士、教師、市議会議員などの有志で「福岡市の制服を考える会」を結成し活動をはじめました。

2 学生服のジェンダーフリー化

 まず、取り組んだのは制服です。

子ども達が学校にどのような服装で通学するかは、「表現の自由」「自己決定権」として本来自由なはずです。この「表現の自由」や「自己決定権」などの人権に対しては「公共の福祉」に反する場合にしか規制が許されません。ここで「公共の福祉」とは、人権と人権が衝突した場合の調整原理を言います。つまり、人は、他人の人権を侵害しない限り自由を行使することが保障されています。全体の調和や連帯責任を根拠に生徒の自由を奪うことは個人の尊重を旨とする日本国憲法下では絶対に許されないことです。

 では、生徒が自分の好きな服で登校することで、他の生徒の人権を侵害しているでしょうか。例えば、極端な例として上半身裸で教室に来れば、他の生徒は落ち着いて勉強に集中することができないので、上衣を着なさいという指導をしても人権侵害にはならないでしょう。でも、それを超えて指定した制服を着てこなければ学校に入れないというのは、明らかに「表現の自由」や「自己決定権」に対する行き過ぎた規制であり、なにより生徒の「教育を受ける権利」を奪うことになります。

 このように生徒に制服の着用を強いることは明白な人権侵害であることから、学生服は「制服」ではなく、あくまでも学校側が着用が望ましいと考えている「標準服」にすぎず、標準服を着用するか、別の服を着用するかは生徒の自由であるというのが学生服の公式な解釈とされています(福岡市議会においても数年前に確認されています)。

 しかし、学校現場では、学校指定の学生服の着用しか許されず、服装違反に対しては厳しい指導がなされていました。さらに、男女を明確に分け、男子は詰め襟、女子はセーラー服の着用が校則で義務付けられていました。

 これは明らかにおかしなことで、学校(教師)が堂々と生徒の人権を侵害していることを、私は見過ごすことができませんでした。

 私は、当時の校長と相談し、制服を見直すことにしました。当初、学生服を文字通りの標準服として、標準服を着るか別の服を着るかは生徒が自由に選択することができるという本来の「標準服」としての運用を徹底することを考えました。

 しかし、標準服化を徹底することに対しては、特に教師の側の理解が不足しており、この取組の実現に数年はかかることが予想されました。そこで、まずは、学生服における男女の差別化をなくすこと(ジェンダーフリー標準服)に取り組むことにしました。

 当初は、福岡市の中学校全体での取り組みを考えたのですが、全体の理解を得るには至らず、警固中一校だけで取り組むことにしました。

 その結果、警固中学校では、2019年(平成31年)4月から、男女を問わず、スカートとスラックスが選択できる新標準服を導入することができました。

 この警固中学校の取組は注目を集め(添付資料1,2)、翌2020年(令和2年)4月からは福岡市と北九州市の全校でジェンダーフリーの新標準服が導入され、現在、県内各自治体にこの取組が広がっているところです。

 スカートとスラックスを生徒の側で自由に選択できるというのは、文字通りの標準服化実現の第一歩であり、例えば、週に一度、私服で登校しても良い日(もちろん学生服を着てくるのも自由です)を設けるなど、一歩一歩標準服化に向けた努力を続け、学校による人権侵害状態を解消に務めなければなりません。

 しかし、この趣旨が学校現場に浸透しているとはいえず、現場では、単に学生服が変わったといった程度にしか捉えていない教師もいて、例えば、「男子は選択できない」といった指導をしたり(男子がスカートを選ぶのは様々な障害があり実現には周囲の協力が必要になりますが、実際にそれを実現できている例は福岡県内だけでも多数にのぼります。学校や教師の側でその選択肢を閉ざすことは許されることではありません)、旧学生服を着てきた生徒に対して「何で新標準服を着てこないんだ」と厳しい指導をしたりする教師があとをたちません。

 人権の視点から、保護者が声を上げ、校長と協力し、生徒も交えた標準服検討委員会を設置し、そこで議論して、生徒の意見も取り入れてジェンダーフリー標準服を導入したのに、現場の教師達がその趣旨を理解しておらず、単に上から言われたからといった程度の認識しかないことに、私は、学校という閉鎖的な社会が抱える問題の深さを感じました。

3 校則問題

 学生服がジェンダーフリー化したにも関わらず、学生服販売時に男女を分けたり、名簿や整列において男女を別々にするなど学校現場ではジェンダーフリーの趣旨が浸透しているとは言い難い状況が続きました(添付資料3)。

 そこで、福岡市の制服を考える会を中心に新標準服導入後の学校の実態を調査したところ、ジェンダーフリーの標準服を導入したのに、髪型その他の部分で必要もないのに男女の区別をしたり、下着の色を指定するなど人権侵害と言える校則や運用がなされている実態が浮かび上がってきました(添付資料4)。

 そこで、福岡県弁護士会に校則問題プロジェクトチームを設置し、福岡市を中心に校則に関する実態調査を行いました(添付資料5)。

 実態調査の結果、例えば、靴下の色や長さの指定、ツーブロックやポーニーテールの禁止、眉毛を整えることを禁止するといった合理的理由が説明できない理不尽な校則や、下着の色の指定や校則違反の生徒の別室登校など明らかな人権侵害が横行していることが明らかになってきました。

 そこで、2021年(令和3年)1月21日に、福岡市の制服を考える会外41団体で福岡市長及び福岡市教育長に対して、校則に関する要望書を提出しました(添付資料6)。

 さらに、本年2月17日、福岡県弁護士会は、文科省、福岡県教育委員会、福岡市教育委員会、北九州市教育委員会に対して「中学校校則の見直しを求める意見書」を提出するとともに、校則に関する調査結果を報告しました(添付資料7、8)。

 同月21日には、福岡県弁護士会主催で、世田谷区立桜ヶ丘中学校の西郷孝彦元校長や現役の高校生などをパネリストに招いて、校則に関するシンポジウムを開催し、多くの市民の関心を集めました。

 本年3月20日には、弁護士と法学者の集まりである青年法律家協会主催で全国人権研究交流集会を福岡市で開催し、名古屋大学の内田良准教授と福岡県内の公立中学校の現役教師をパネリストに招き校則に関するシンポジウムを行い全国的な関心を呼びました。

 このような弁護士会を中心とした問題提起に、福岡市教育委員会は動き出し、本年4月、福岡市内の全中学校で校則の見直しが行われました。

 しかし、この校則見直しは極めて不十分なものであったため、当職や市民団体からさらなる問題提起がなされました。

本年6月、当職や内田良名古屋大学准教授、西郷孝彦世田谷区立桜ヶ丘中学校元校長らで「校則見直しガイドラインガイドライン作成検討委員会」を設置し、あるべき校則の見直しについて、今月中に文科省への政策提言を行う予定で議論を重ねているところです(添付資料9)。

4 福岡市立中学校校長会の提言

 本年6月8日、文科省が各都道府県教育委員会等に対して事務連絡という形で校則の見直しを要請し(添付資料10)、本年7月、福岡市では福岡県弁護士会の弁護士やLGBT支援団体などを委員として校則見直し検討委員会を設置し、あるべき校則について議論を行いました。

 この検討委員会の提言を受けて、同月、福岡市立中学校校長会は「よりよい校則(生活のきまり)を目指して」を発表し、社会の変化に適応し、生徒の人権を尊重した、よりよい校則への見直しについての提案を行いました(添付資料11、12)。

福岡市立校長会の提言「よりよい校則(生活のきまり)を目指して」(添付資料11)は、弁護士の目からみるとまだまだ不十分ではあるものの、良い方向への改革の第一歩といえます。

 このガイドラインでは、提案に至る経緯について、国際化や性的マイノリティへの対応などを背景に新標準服を導入したものの「従来の詰め襟、セーラー服と同様の校則を新標準服に当てはめることに無理が生じ」たこと、「校則に関する世論も高まって」いることから、「社会の変化に適応し、生徒の人権を尊重した、よりよい校則への見直し」を提示したいとしています。

 その上で校則の意義については「校則は生徒のためのもの」であることが確認され、生徒を管理するためのものではないことが念押ししています。

 そして、校則を通して

・自分でよりよいものを選択する力

・一人ひとりの人権・多様性を尊重する態度

を目指すことが確認されています。

 現在、福岡市や県内の中学校の校則や指導はこの意義とまったく逆のことをしている と言わざるを得ないでしょう。

 さらに校則見直しで留意する点として、

・生徒一人ひとりの人権の尊重

が掲げられています。生まれ持った髪色や髪質を否定するような指導は絶対に許してはいけませんし、下着の色検査などの人権侵害も許されません。いわば当たり前のことが確認されたわけですが、その社会の当たり前が通じないのがこれまでの学校でした。

 また、校則は「生徒、保護者が納得できる説明ができるもの」とされています。

 ポニーテールにすると後ろにいる人の目に入り失明のおそれがあるからとか、ツーブロックだと事件に巻き込まれるといったこれまで教師が多用してきた珍回答は到底通用しないということです。

 さらに、各校に生徒を交えた「校則検討委員会」を設置することや、校則をホームページなどで公開することも求められています。

 ただ、この提言が出たからと言って、現場がすぐに変わることは期待できません。現場を変えるために、保護者や地域の大人達がこの提言を根拠に声を上げ、根気強く学校と話し合いをすることが大事なのだと思います。

5 まとめ

 福岡市では、2017年(平成29年)4月に私が警固中学校PTA会長となり「学校のおかしい」に対して声を上げたことをきっかけにジェンダーフリー標準服が導入され、現在、校則の見直しが進んでいるところです。

 ✕✕市においては、福岡市の動きに対して2年遅れで学生服や校則の見直しが行われているところです。

 せっかく見直しをするのであれば、上から言われて取り組むのではなく、警固中学校のように他校に先駆けて先進的取組を行うことで、生徒に対する模範を示すことができ、生徒や保護者の学校への信頼が増し、よりよい教育環境の構築に資することと思われます。

 今回のトラブルについて、貴校においては学校が責められているようにお感じかもしません。

 しかし、今回のトラブルを逆にチャンスと捉え、この機会に貴校内に生徒を交えた校則検討委員会を設置するなどして生徒や保護者の声に耳を傾け、誰一人取り残さない学校の実現に向けて努力されんことを期待します。

以上

添付資料

1「『だまし討ちで制服着せられ地獄だった』当事者の告白でPTAが制服変更、起きたことは」YAHOO NEWS(大塚玲子)

https://news.yahoo.co.jp/byline/otsukareiko/20200722-00187366

2「ジェンダーレス制服で生まれた『子どもの自由』、福岡の公立中で始まった改革」弁護士ドットコムニュース 2021.4.9

https://www.bengo4.com/c_18/n_12925/

3「性差なくすはずでは…新標準服、男女別に販売 長年の慣習?福岡市」西日本新聞

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/649212/

4「ツーブロ禁止、下着は白…『ブラック校則』見直しを」日本経済新聞2020.11.13

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66174400T11C20A1CE0000/

5「ボタンの間から下着の検査『何でここまで?』 校則は誰のためにあるのか」共同通信

https://www.47news.jp/5639725.html

6「要望書」福岡市の制服を考える会外41団体 2021.1.21

校則要望書提出

7「中学校校則の見直しを求める意見書」福岡県弁護士会 2021.2.17

https://www.fben.jp/suggest/archives/2021/02/post_396.html

8「校則に関する調査報告書」福岡県弁護士会 2021.2.17

https://www.fben.jp/suggest/archives/2021/02/post_395.html

9「学校運営、校則、政治、子どもの意見が反映されていない日本社会」YAHOO NEWS 2021.6

https://news.yahoo.co.jp/byline/murohashiyuki/20210629-00244780

10「校則の見直し等に関する取組事例」文部科学省 2021.6.8

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1414737_00004.htm

11「よりよい校則(生活のきまり)を目指して」福岡市立中学校校長会 2021.7

https://www.city.fukuoka.lg.jp/kyoiku-iinkai/seitosido/ed/kousoku_2.html

12「『毎日通いたくなる学校に』全国で進む校則見直し」共同通信 2021.9

https://www.47news.jp/6726203.html

参考文献

1「憲法」芦部信喜著

2「ブラック校則 理不尽な苦しみの現実」荻上チキ・内田良著

3「学校の『当たり前』をやめた 生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革」工藤勇一(千代田区立麹町中学校校長・当時)著

4「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール 定期テストも制服も、いじめも不登校もない!笑顔あふれる学び舎はこうしてつくられた」西郷孝彦(世田谷区立桜丘中学校校長・当時)著